奈良いや日本を代表する観光地・寺院といえば法隆寺。

 

修学旅行などで関西を訪れたなら、まず訪問することになるはずです。

 

その法隆寺ですが拝観料は決して安くなく、値上げをしたこともあり大人だと1,500円!

 

日本のその他の有名な寺院と比べても、その高さが際立ちますが、それだけのすごさが法隆寺にはあり、わざわざ遠くから拝観するだけの価値もあります。

 

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現存する世界最古の木造建築物

 

法隆寺が現存する世界最古の木造建築物であることは多くの人がご存知ですよね?でも正確なところまでは知らない人が多いでしょう。

 

法隆寺の創建は諸説がありますが、607年に聖徳太子(厩戸皇子)が創建したといわれています。

 

ただ670年に消失し689年に再建されたとの説も有力ですが、いずれにしろ現存する木造建築物としては世界最古のものとなります。

 

古今東西一番古いといわれるものの価値は高いものです。例えば最古の文明だとか最古の貨幣とかですね。

 

それだけ法隆寺は世界的にも貴重なものという認識がされているわけです。

 

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日本最初の世界遺産

 

法隆寺は現存する世界最古の木造建築物で世界的にもとても貴重なものです。そんな法隆寺は当然のように世界遺産に登録をされています。

 

日本の世界遺産は、2017年11月現在で21件が登録をされていてます。

 

法隆寺の世界文化遺産への登録は1993年12月。法隆寺地域の仏教建造物として姫路城とともに日本で初めて世界遺産に登録をされました。

 

世界遺産に登録をされるためには登録の基準を満たす必要があります。登録の基準は10。文化遺産の場合はその内の6つです。最低でも1つはこの基準を満たしている必要があります。

 

法隆寺は文化遺産の登録の基準6つのうち4つを満たしています。

 

多くの基準をクリアしている方が世界遺産に登録をされる可能性が高いともいえますが、法隆寺が最初に世界遺産登録を目指したのも、登録基準に多く合致している遺産であることも大きな理由でしょう。

 

仏像と建物の構造が飛鳥~奈良~平安~鎌倉時代と造られた年代と共に変化

 

法隆寺は現存する世界最古の木造建築物ですが、その全てが同一年代に造られたわけではありません。仏像や建物の構造が時代をまたいで造られているいます。

 

確かに古いことは良いことですし貴重ですが、時代それぞれの芸術や建築物にそれぞれの魅力があります。

 

聖徳太子の謎と法隆寺の謎

 

法隆寺の魅力は古さやその美しさだけではありません。非常に謎めいているのも法隆寺の魅力を引き立てているといえます。

 

ミステリアスなことは人間は好奇心がより湧いてきますからね。

 

法隆寺には謎がたくさんあり、俗にいう「法隆寺の七不思議」といわれるものです。

 

  1. 法隆寺の伽藍には蜘蛛が巣を作らず、鳥も糞をかけない
  2. 南大門の前に鯛石と呼ばれる大きな魚の形をした石がある
  3. 五重塔の上部の九輪に鎌が四本刺さっている
  4. 法隆寺の中庭に伏蔵(ふくぞう)が三つある
  5. 因可池(よるかのいけ)の蛙には片目がない
  6. 夢殿の礼盤(お坊さんが座る台)の裏が汗をかいている
  7. 雨だれの穴が地面にあかない

 

ちょっとマニアックなものがありますが、例えば法隆寺の伽藍には蜘蛛の巣がないというのは、通常クモは所構わず蜘蛛の巣をつくります。

 

しかし、法隆寺の伽藍にはクモも蜘蛛の巣をつくらないという言い伝えです。さらにそれを拡大して鳥も糞をしないと言われるようになったということです。

 

それだけクモが法隆寺を神聖なものとして感じているのかは定かではありませんが、僧侶たちの清いお寺として維持していきたいというあらわれかもしれません。

 

実際にはクモの巣も鳥の糞も見当たるらしいのですが(^_^;)

 

ビジュアルで分かるものを知っておくと、実際の拝観する時に楽しむことができます。

 

例えば2の鯛石ですが、どんなに大雨になってもこの石より水位は上がらないことを意味しているといわれています。

 

つまり、魚はこの石のところまでしかたどり着くことができないという意味がこめられているわけです。

 

言い伝えとして面白いのは、5の因可池(よるかのいけ)の蛙が片目というもの。

 

因可池は西院伽藍と東院伽藍の間にある池ですが、昔、蛙の鳴き声が学問中の聖徳太子が邪魔と考え、筆で目をつついたところ、この池の蛙はすべて片目になったという伝説です。

 

実際はそんなことはないでしょうが、それだけ聖徳太子が学問に没頭していることをあらわしています。

 

また、法隆寺だけでなく創建者といわれる聖徳太子にも様々な謎があります。

 

そもそも聖徳太子という名前自体が死後につけられた名前で、生前は「厩戸皇子(うまやどのみこ)」と呼ばれていたといわれています。

 

この名前の由来は厩(うまや)のそばで生まれた事からということですが、イエス・キリストの生誕伝説を引用し聖徳太子を神格化したものではないかともいわれています。

 

聖徳太子自体は架空の人物ではないかとの学説も飛び出してきて、ますます謎めいた歴史上の偉人です。